【18歳・旅立ち編】を読んでくれたファンの方ならご存じの場所!!
それが、昭和の薫りが色濃く残る、札幌駅北口にある「札幌北口商店街」。
【18歳・旅立ち編】前話までのあらすじ
行く当てもなく大阪駅を飛び出した18歳の私(おいら)。 ふと目に入った列車案内標識に導かれ、寝台特急「日本海」で青森へ。
青森での2日間の勝負に敗れ、青函トンネルを通りたいという思いだけで青函トンネルを渡り辿り着いたのが、札幌の「北口商店街」でした。 予備校生や学生が行き交うこの街で出会った「パチンコ富士」。そこで掴んだ価値ある初勝利から半年、新たな物語が始まります。
パチスロ全盛期到来!怒濤の「4号機時代」へ
北口商店街で半年間過ごし、時代はスロット4号機へとゆっくりと移り変わっていた。
4号機初の機種として登場したのが【チェリーバー】、告知機能とリプレイが搭載されホールデビュー。
4号機の最大の特徴である、リプレイという新機能に当時の打ち手が慣れず、最初はあまり人気が出ませんでした。
この時は誰も4号機の真のすごさを知らなかった時期です。
読者タカが札幌を出る時期に4号機が発表されたんだよね!



おいらは全く意識してなかったが丁度同じころだね(笑)
札幌での半年間で得た経験を武器に、日本全国制覇へのスロット旅を決意した。



かっこいいこと言ってるけど、いつもの悪い癖でしょ(笑)



おいらの性格ばれてるね・・!?
同じ場所にいるのに飽きたから違う場所へ行きたかった・・
時代は4号機となっていたがまだ人気は3号機でした。
札幌を飛び出した私が良く打っていたのが4号機のニューパルサー(ニューパル)。
ニューパルを打ちながら東北を回り、たどり着いた場所が東京のひばりが丘という場所です。
ここから「平成思い出切符、生きるため選んだパチスロ一人旅」放浪編が始まります。
ひばりが丘という場所は東京池袋から西武線で40分ほど行った場所にあり、埼玉県所沢市にも電車で15分ほどで着きます。



雑誌か何かで調べてたどり着いたの??



おいら人混みが嫌いで、池袋から適当に乗ったら着いた場所がひばりが丘だった(笑)



やっぱり適当に場所決めてる(笑)
1997年当時、駅前にはパチンコ屋が3件あり大きな町ではないが東京方面へのアクセスが良く人気の住宅街でした。



タカは北口と狭い路地が好きだね(笑)



おいらもブログ作成してて気づいた(笑)
人込み嫌いで狭い路地とか商店街、後北口が好き!!
しかも混んでないとこ(大爆笑)



ここでも、登場!!今度は東京ひばりが丘、北口商店街(笑)
商店街の真ん中あたり、八百屋や小さな飲食店がある中にパチ屋はありました。
名前が思い出せないが小さな隠れ家的なお店で、私はよく1995年に登場した【クランキーコンドル】をメインに打っていました。


みんなはこぞって上段に青七を狙いクランキーの島はいつでも賑わっていました。この青七上段に2つ並べばボーナス確定です。
そしてリプレイ外し!!
リプレイ外しをやることで出玉を増やすことが出来、しかも小役を通常ゲーム時とボーナス時に取りこぼさずに打つことで設定1でも103%の出玉性能がありました。設定1でも勝てる計算です。



ここでタカの目押しが生きるのね!!



目押しの練習を3号機当時から練習していてよかったと思ったよ!
練習してたおかげでスロット仲間もできたしね(笑)



スロット仲間出来て良かったね!!
北口にあるパチ屋は南口にあるパチンコ屋と比べると規模は小さく目立たないお店で、2階にあるクランキーコンドルを朝からずっと打っていました。そこではいつも来る同い年ぐらいの常連さんとも仲良くなりよく打っていました。



読者のみんな!!思い出してね!
おいらには宿代と飯代が毎日掛かること。
生きるため選んだスロット一人旅の過酷なルール、プラス6千円以上が本当の勝利、そうでないと宿代と飯代を引くとマイナスになるからです。
朝10時からひばりが丘で打っている私がいつも悩んでいたことが一つあります。それはもちろん泊まる場所です。当時のひばりが丘駅前には泊まる場所が無く私は毎日40分ほど駅前にある大きな1本道歩いて宿屋に向かっていました。
【ひばりが丘駅周辺ホテル事情】
1997年当時はひばりが丘駅前にはビジネスホテルは無く、電車で3駅先の所沢駅周辺か歩いて40分ぐらいの場所にあるビジネスホテルしかありませんでした。
それでも、このお店に通っていたのには理由がありました。
お店が大きくないこともあり、スロット仲間が沢山出来たのです。
仲間は男女合わせて6人、他のみんなは地元の方でした。
昼ご飯を食べに行ったり稼働終了後に食事に行ったりと、孤独だった私も少しうれしくなり通っていたのです。



孤独なタカには最高の出会いだよね(笑)
お店の従業員とも仲良くなり「生きるため選んだスロット一人旅」という事も忘れ少し楽しい生活を送っていました。
好きな時に稼働でき、好きな時にご飯に行き、何よりも誰かに指図される訳でもなく、目押しが上手だった私を中心にスロット仲間と楽しい日々を送っていました。
そんな中・・・!?
ある事件が起こるのです。



どうしたのタカ!?
いつも通り楽しく過ごしていた時の事、仲間の一人が私の所に来て。



親が急に倒れたのでお金を貸してほしい。
3日後に必ず持ってくるからお願い!?



リーダー的なおいらは、疑うこともなく「生きるためのお金」の中から10万円を貸し、必ず3日後に持ってくることを約束にお金を貸しました。
この時は、クランキーコンドルのおかげで厳しいルールの中、残金も少し増え30万円ほどあったので気持ちよく貸しました。その後も他のスロット仲間と楽しい日々を過ごし3日目・・・!?



今日、貸したお金が返ってくる日だな、何時ぐらいに来るのかな?
そんなことを考え、打っていたが現れず・・・。
次の日も、また次の日も・・!?



タカ・・まさかと思うけど騙されてないよね!
住んでる場所は知ってるよね!!



おいら、お金貸したスロット仲間の事を何も知らない・・!?
おいら・・騙されたのか・・!?
他の仲間にもお金を貸した事情を話すと「ここではスロット仲間」だが居場所も何も知らないんだから絶対にお金の貸し借りはダメ!ときつく言われました。
考えてみたらそうです。スロット仲間ではあるがそれ以外の事は何も知らないのですから・・・。
傷心を胸に目指すは、初勝利の場所「札幌北口商店街」
本当にショックを胸にホールを後にし、40分歩き夜ご飯も食べずいつものホテルへと向かった。



おいら・・何やってんだよ・・。
このお金が無くなれば終わりなのに、人にお金を貸すゆとりなんてないのに・・!
これからどうするかな?
私は相当ショックを受け一晩中考えていた。



タカ、大丈夫かな・・。
すごく落ち込んでるけど・・。
お金を持ち逃げされたショックより、裏切られたショックのほうがかなり大きかったのです。
一晩中何も口にせず出した答え。
それは!!



一度原点に戻り、初勝利した場所からもう一度やり直す!
気持ちを切り替え、「生きるため選んだスロット一人旅」をもう一度見直す。



おいらは、頼るところもない、一人で生きていくと決めたんだから!
心の中にいつもいる伝説のプロ、田山幸憲さんの言葉の意味を思い出すために。
【伝説のプロ田山幸憲さんの言葉】
【パチプロになるのは実は簡単、自分がプロと思えばプロ】
この言葉を再確認するためにも一度初勝利した原点の場所「北口商店街」に行くことを決めたのです。
右も左もわからず、東京に着き、どこの列車に乗っていいかもわからずにたどり着いた池袋、あまりの人の多さに驚き西武線に飛び乗りたどり着いた場所がひばりが丘、ここで楽しい日々を過ごし、1997年7月9日いつものホールに行き、スロット仲間と最後のお昼ご飯をともにして私は東京「ひばりが丘」を後にした。



ここから、本当の孤独な戦いが始まるのね!
頑張って、タカ!!



今回は初めて目的地がはっきりしている!
プロとして生きていくと決めた場所、札幌だぁ!
まずは大きな駅がある西武線の終着駅である池袋へ向かうことに決めた。人混みが嫌いな私は早く抜け出したかったが札幌への行き方を知らない私、とりあえず困ったときに向かう場所!!



みどりの窓口(笑)



流石、列車に詳しくなったタカだね!
真っ先に思いつく場所がみどりの窓口(笑)
そこでみどりの窓口の方に聞きすごい情報を得ることが出来た。
それは上野駅から札幌まで行く【寝台特急北斗星】です。



タカの大好きな青函トンネル!
今度は札幌まで一気に行けるね(笑)
ここで、切符も買えるとの事でしたがまずは上野へ行き切符を買うことにした。
理由は・・・!?



上野駅に時間内にたどり着けなかったら嫌だから(笑)



この先が心配だわ・・(笑)
上野駅へ無事にたどり着き、みどりの窓口で札幌までの切符を買うことにした。



札幌まで!
個室でお願いしまーす!!



まさか・・違うと思うけど!!
第7話のトップ画像の台紙はオレンジカードの・・・!?



あはっ!!
大正解、また買っちゃった(笑)



プロ意識があるのか無いのやら(笑)
実際に上野駅で購入した上野駅19時3分発の寝台特急【北斗星】の切符です。


19時03分「寝台特急北斗星」は定刻通りに出発した。6年の経験と苦い思い出を胸に原点を見つめ直す目的で初勝利の場所「北口商店街」へと列車は北の大地へと走り出していった。






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