第28話:四国巡礼、松山上陸編5か月かけて巡るスロット放浪旅

1999年松山駅画像
  • URLをコピーしました!

【あらすじ】
大分のホテルで珍事件に巻き込まれ次の朝10時にホテルを出て3駅隣の別府駅へ
昨日のこともありのんびりとしたかった私は温泉街を歩きさらに港方面へと歩きだす。
港方面に歩き視界が開けた場所には宇和島フェリーターミナルがすぐそばにあった。
四国へ行く格安フェリーがあることを知り全く知らない場所、八幡浜へ
八幡浜の、のどかさに感激し美味しい刺身を食べ気分よくJR松山駅へ
しかし!!JR松山駅の静けさに驚いたがしばらく歩き状況は一変!!
大都会【松山市駅】へとたどり着くのであった。

タカ

何も考えずに切符を買ったけど八幡浜
【はちまんはま】って何処だぁー??

読者

まず!!
「はちまんはま」じゃないからねー!!
【やわたはま】だからね(笑)

タカ

えっ!!
切符買うとき「はちまんはま」で通じたぞ(笑)
八幡浜は【やわたはま】っていうんだ(笑)

読み方も場所もよくわかってなかった私、これから5か月にも及ぶ四国お遍路ならぬ四国巡礼スロット旅が始まります。

目次

ここは何処!八幡浜の、のどかさに感激

昨日のこともありポカーンとしている間に乗船時間を迎えていた。
13時30分頃、私は八幡浜行のフェリーの中にいる。

宇和島フェリー【別府から八幡浜航路】
当時は14時00分ごろ出航し2時間45分で八幡浜に到着する。
今も現役で頑張っている宇和島フェリー
当時の料金は2千円でしたが今は燃料費の高騰などもあり現在は大人2等料金は3100円からとなっている。
*季節料金により多少は変動します。
これでも、3時間弱の船旅でこの料金は格安です。
現在でも6往復する現役バリバリの航路です。
【アクセス】
・別府駅から歩いても40分ほどで宇和島フェリーターミナルに着きます。
・別府駅からバスで13分で宇和島フェリーターミナルの最寄りバス停(別府交通センター)へ行くことが出来ます。

当時私が乗ったフェリーは16時45分に八幡浜に到着する。
私は格安の2等切符だったためカーペットが敷かれた広い部屋がいくつかの区画に分かれ靴を脱いで上がる場所でした。私はその1画で大の字になりゆっくりとくつろいでいた。

船底から伝わってくるエンジンの重低音と振動がとても気持ちよく眠りに着いた。

しばらくして船内探索へ!!
当時の船内は案内所があり売店にラーメンの自動販売機
そして!!ゲームコーナーがありました。

タカ

おっ!!
このフェリーにもスロットがあるぞ(笑)

読者

タカ!!
新日本海フェリーのゲームコーナーで懲りたでしょ(笑)

「以前新日本海フェリー(新潟ー小樽)に乗船した時フェリー代金より使っています(笑)」

タカ

今回はやめときまーす(笑)

読者

少しは成長してる(笑)

やがてエンジン音が変わり大きな音を立て接岸する態勢へと変わり全く知らない地
【八幡浜】へ接岸し下船した。

八幡浜のフェリーターミナルを出ると…!?
街全体が【静かな港町・漁村】の風情が色濃く残る場所だったのです。

八幡浜漁港の看板には四国屈指の水揚げ量【トロール漁業】と書いていた。

【トロール漁業】
トロール漁業とは底引き網漁のことです。
一般的なトロール漁業は1艘で行い、大きな円錐形(えんすいけい)の網を投げ入れ船をゆっくりと走らせ海底近くの魚や砂泥に潜む海老やカニなどを網の奥へと追い込んで一網打尽にします。
【八幡浜のトロール漁業】
2艘で行う珍しいスタイルで2艘引き(にそうびき)という伝統的なスタイルが特徴です。
2艘が協力し、絶妙なタイミングで並んで走り2隻の間で1つの巨大な網を大きく広げ引っ張る非常に高度な技術とチームワークが必要な漁法です。

港の後ろには段々畑が広がっており町全体が「のどか」この言葉しかないぐらいの場所でした。

タカ

とりあえず!!
目の前にある場所に行くかな(笑)

読者

いきなり!!
食堂かーい!!

タカ

絶対に美味しいだろ(笑)

フェリーターミナル目の前、港の目と鼻の先に食堂があり食堂へと入っていった。

頼んだ料理はヒラメとさば、そして白いご飯!!
サービスで「じゃこ天」も出してくれた(笑)

コリコリとした歯ごたえの寒ヒラメと口に入れた瞬間…濃厚な旨味の脂が最高のとろける冬のサバ

タカ

これ!!
やばーい!!
めっちゃ美味しい~!!

もちろん白いご飯との相性は抜群!!
じゃこ天は独特で魚の旨味と風味がたっぷりといった感じで一口噛むとザラっとした触感だった。
「四国に来て本当に良かった」と思えた瞬間でした。

タカ

食事代はなんと!!
フェリー料金と同じ2,000円でした(笑)

読者

この2,000円は納得だね(笑)

食事も終え目の前にバス停があったので行き先を確認すると八幡浜駅があることを知り八幡浜駅へバスに揺られること8分で八幡浜駅へ到着した。

松山駅と松山市駅の違いにビックリ仰天

運よく特急が18時20分にありそれに乗ることができ1時間弱で松山駅へ到着した。

タカ

なんだぁーここは!?
何もないぞ!!
あるのは路面電車乗り場だけ!?

読者

松山駅前は静かだね!?
てかっ何もない(笑)

私はいつも駅に着いてから探索することがほとんどで今回も歩いてパチ屋を探すことにした。

タカ

熊本の時みたいに路面電車の線路沿いに何かあるかも(笑)

読者

行き当たりばったりだけどいつも何とかなってるもんね(笑)

線路沿いを夜の松山駅前から歩きだした。
歩みを進めていくうちに、最初は暗くて静かだった景色が少しずつ変わり始めた。
千舟町通りへと差し掛かると、角にあった2階建てのパチ屋からは『ニューパルサー』の熱気が外まで漏れ出し、店内はカエルを狙うプレイヤーで大盛況だったが、ひとまず先に見える明かりが気になり、そこには寄らずにさらに歩みを進めた。

そして!!
さらに歩くとパッと開けるようにビルやネオンが目の前に現れた。ここは花園町そして松山市の真の姿を知ることになった、JRの松山駅よりはるかに大きい巨大なターミナル駅【松山市駅】です。

タカ

すげぇー!!
松山市駅前は大都会だぞぉ!!

読者

JRの松山駅前と大違いだね(笑)
ココが正真正銘の松山の中心地【松山市】なんだね(笑)

【JR松山駅】と松山の本当の中心地【松山市駅(市駅)】
・JR松山駅
当時JR松山駅の役割は四国や本州と結ぶための長距離移動の玄関口の役割をしていました。
私が到着した時間が19時過ぎだったこともありますが当時のJR松山駅前は目立つ商業ビルは無く非常に静かで暗いロータリーが広がっていました。
「まさに地方の静かな駅」といった感じです。
・伊予鉄:松山市駅(市駅)
地元では市駅(しえき)と呼ばれ親しまれる松山の本当の「大都会・繁華街」です。
当時から大きな百貨店やビルが沢山あり地下街、巨大なアーケード街が広がり私がたどり着いた頃はネオンが輝く、人通りが絶えない大賑わいの街でした。

【ちょっと面白雑学】
明治時代は今現在ある「松山市駅(市駅)」が明治時代は「松山駅」と名乗っていました。
しかし、後から国鉄(JR)が乗り込んできた時、国鉄「国の鉄道だったため」
強引に名前を奪い国鉄(JR)が松山駅と名乗りました。
伊予鉄側は泣く泣く【松山市駅】に改称しました。

松山の本当の姿【松山市駅】を見つけ安堵し今日は松山市街でホテルを探し明日から市駅辺りを探検しパチ屋を探すことにした。

市駅のターミナル近くには新しいビジホ、昔からあるビジホまで沢山あり地域柄なのか安く泊まれるビジホも沢山あり私は5千円で泊まれるホテルにチェックインすることにした。

大分での出来事や移動疲れから今日はゆっくり休み明日からの戦いに備えることにした。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

53歳の管理人タカです。
18歳私の新社会人生活は半年で終了。帰る場所を失った私が生きるために選んだ道は「スロット一人旅」
捨てずに保管していた25年前の「平成思い出切符」を鍵に、波乱万丈な実話を面白おかしく記事にしていきます。

コメント

コメントする

目次