第22話:旭川、私の記憶は「カボチャの会」奇跡の出会いと感謝

JR旭川駅で購入したオレンジカード
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【第22話のあらすじ】
「列車・フェリーに乗ったから次は飛行機!」という単純な理由で羽田から札幌へ、旅の舞台は旭川!!
昭和の面影残る歓楽街のパチ屋「ジャパン」で4万円を失い絶望するタカの前に現れたのは、近所でスナックを経営する温かいママさんだった。
ドル箱を譲ってくれた縁からスナックへ招待され、温かいご飯、常連さんとの交流、さらには紅白歌手・原田悠里さんとの出会いや「カボチャの会」のコンサート鑑賞まで……!
一人旅の孤独を包み込んでくれた、28年経った今も忘れられない感謝と奇跡の出会いを描いた感動エピソード。

8月25日、私は羽田空港に来た理由は単純だ(笑)

タカ

列車・フェリーときたらやっぱり飛行機だよね!!

読者

えっーー!!
それだけの理由で飛行機に乗るのぉー!!

私は本当に単純で一度飛行機に乗りたいと思うと居ても立ってもいられなくなるのです。
時刻は14時を過ぎたところ、どこへ行くのかも全く決めていない状況だがとりあえず行き先の案内標識に目をやった。

タカ

さて!!何処へ行くかな(笑)
やっぱり初フライトはここしかない!!

タカ

ジャーン!!
買ったチケットがこちら!

JAL羽田発札幌行切符
JAL羽田発札幌行半券:所有者タカ
読者

また、札幌行くんかーい!!

タカ

気づいたら札幌のチケット買っちゃった(笑)

しかし今回はこの札幌行きがきっかけで、未だに忘れられない感謝の思い出が刻まれるのです。

目次

忘れられない感謝の記憶「カボチャの会」のママ

いつもなら札幌での出来事から順にお伝えするところですが、今回はあえて「旭川」からスタートします。
なぜなら、この場所で出会った方への感謝の気持ちが今も溢れていて、どうしても一番に皆さんに伝えたいからです。

旭川の駅前にはバスターミナルが広がっており、百貨店やターミナルホテルなどがありましたが北へと伸びる商店街は駅前からどんどんと離れるに連れ昭和へと逆戻りしていく感じでした。

タカ

この商店街面白いなぁー(笑)
どんどん昭和の雰囲気になっていくぞ!

読者

大都会ではないけど住みやすそうでいい街だね(笑)

旭川の中心市街地は札幌と同じような住所の呼び方で東西を結ぶ通りを【条】南北を結ぶ通りを【丁目】と呼ぶ【碁盤の目】の形をしていた。

私は商店街を奥へとどんどん進み旭川駅前の華やかなエリアとは異なる場所へたどり着いた。そこは、雑居ビルが立ち並び飲食店やパチンコ屋があり、夜になるとこの周辺はスナックのネオンがあちこちで輝くような独特の雰囲気がある場所だった。

タカ

この独特の雰囲気すきだなぁー(笑)

読者

タカの好きそうな場所だね!!
パチ屋もあるし(笑)

タカ

よぉーし!!
パチ屋へ行ってみよーう!!

パチンコ屋の名前は【ジャパン】!!

店内に入るとビックリ!!爆音で流れていた曲は、なんと郷ひろみさんの名曲『2億4千万の瞳』の替え歌(笑)
サビの部分が店内に鳴り響いていました。

「出会いは億千万の胸騒ぎ〜♪ レンチャン出します、パチンコジャパーン!」

タカ

頭から離れない!!
この替え歌最高だぞ(笑)

読者

ホント!!最高にいいセンスしてる(笑)

気分もよくスロットに座るがあっさり2万負け、曲の勢いもあり始めてパチンコに挑戦!!
こんな状態で勝てるわけもなくどんどん投資が膨らむ…。
気づけばパチンコでもあっさりと2万円が消え合計4万円の負け、放心状態の僕に、女神…いや、救世主が現れたのだった!!

ママ

大丈夫??
ドル箱1つあげるから頑張りな(笑)

タカ

……!?
えっーー!!ほんとにいいんですかぁー(笑)

ママ

だって!
顔色真っ青だもん(笑)

読者

ええええっ!?
見知らぬ人にドル箱渡す人なんてホントにいるの!?

この後、ママさんとしゃべりながら楽しくパチンコを打ち少しではあるがマイナスを減らすことが出来た。

【偶然が呼んだママとの出会い】
ママさんと呼んでいる理由はこの方は近くでスナックを経営している方だったから。
スナックに行く常連の方や店員さんとも仲が良くこの界隈では有名な方だった。
偶然とは不思議なもの、隣にママさんが座っていなかったら絶対に出会わなかった方。
私にとっては「神様、いやそれ以上!!誰もまねできない尊敬する方」でした。

この出会いをきっかけに次の日も一緒に打つことになり、仲良くしゃべるようにもなり今の私の現状「家も帰る場所も無く生きるため選んだスロット一人旅」などのことをしゃべりどんどんと仲良くなり久々に本当に楽しいひと時を過ごしていた。

ママさん

今日、お店に来ない(笑)
お金は取らないから安心して!!

タカ

おいら、お酒飲めないけど大丈夫??

ママさん

そんなの平気だよぉー(笑)
ごはん御馳走してあげる!!

タカ

はい!!
行きまーーす(笑)

17時ぐらいにパチ屋を一緒に出て、10分ぐらいの場所にあるビルの2階でママさんが経営しているお店へと向かった。スナック開店前ということもあり、静まり返った店内でママさんが開店準備をしていた。服装もパチンコ屋にいた時の服装から華やかな衣装に変わり、接客をするプロの姿へと変わっていた。

お店も開店し、私はお酒も飲めないし初めて見る光景に戸惑っていたがさすがママさん!!

ママさん

私の友達のタカ!!
お酒飲めないけど仲良くしてあげてね(笑)

ママさんの人柄に惚れ通う常連のお客様はみんな親切で私も緊張がほぐれお客様とも仲良くなり、私はお酒は飲めないが本当に沢山しゃべり楽しい時間を過ごさせてもらった。

タカ

この時!!
初めて人前で歌を歌ったよぉー(笑)

読者

スナックデビューしちゃってる!(笑)

さらに、営業中にママさんが約束通り唐揚げやご飯などをご馳走してくれ本当にママさんの温かさ、人の温かさを実感した。

ママさん

温かいうちに食べてね(笑)

ちょうどその時!!ママさんのお店に奇麗な姿をした女性がやってきた。
お客様は凄い拍手でお出迎え、私は全く訳が分からなかった…?

ママさん

タカは知らないと思うけどこの方は、原田悠里さん(笑)
プロの演歌歌手よ!!

タカ

えええっ!? 本物の演歌歌手!?
凄すぎる……!

【原田悠里(はらだゆり)】さん
1982年6月に「俺に咲いた花」でデビュー、後に大ヒットし紅白出場を果たす『津軽の花』などで知られる原田悠里さんは3年連続で紅白出場や日本レコード大賞などで数々の賞を取り、今では誰もが知る演歌歌手です。

ママさんのお店でとてつもない歌唱力で名曲を1曲披露してくれた。拍手していたお客さんもその手を止め憧れの眼差しで歌声に聞き惚れていた。最後に「明日のコンサートきてね!」といいお店を後に。

ママさん

というわけで!
明日のコンサート一緒に付き合ってね(笑)

タカ

もちろん!
いきまーす(笑)

この時にママさんから「カボチャの会」と書かれた名刺を頂いた。
次の日は朝からママさんの車で市民会館(もしくはそのような場所)へコンサートを見にいった。

会場はもちろん満席、1時間ほどでしたが数々の名曲を聴き驚きの連発でした。
コンサートの圧倒的な迫力と、ママさんや旭川の皆さんの優しさに包まれた時間は、一人旅を続けていた私にとって夢のようなひと時でした。

タカ

ママさん、本当にありがとう…!
こんな温かい想い出ができるなんて思ってもみなかったよ(涙)

読者

ママさんと出会い、カボチャの会という名刺をもらいコンサートまで、怒涛の奇跡的な展開だったね(笑)

「カボチャの会」の詳しい詳細は覚えていませんが、そこにあったのは間違いなく、見知らぬ青年に差し伸べられた無償の愛と人の温もりでした。

28年前の記憶、感謝の気持ちをママさんへ

28年前にこの奇跡的体験を私にくれたママさんは今どうしているのだろうか…。
今は結婚し、娘はすでに高校生(笑)
何気ない日々の中でもふと当時のことを思い出しネットでマップなどを検索することがたまにある。

でもね…。

タカ

地図を見てもわからない。

読者

28年の時が経てば場所も建物も変わっているから…
思い出のパチ屋「ジャパン」でさえ閉店しているからね。

タカ

あれから28年も月日がたったのか…。

私が感謝しても、しきれないほどのたくさんの優しさや愛情は今でも忘れていません。私も年齢を重ねあの時の思い出が増すばかりです。

唯一の手掛かりは「カボチャの会」という名前とパチンコ屋ジャパンの近くでスナックを経営していた。街は変わり旭川も都会へと街の姿を変えている令和の時代、ママさんにたどり着ける可能性は極めて低いけど28年前の愛情や優しさだけはずっと…ずっと…心の中にいるんだよ。

【第22話・旭川「カボチャの会」奇跡の出会いデータ】
訪問エリア
北海道旭川市(条・丁目の碁盤の目エリア、雑居ビル歓楽街)
運命のホール
パチンコ店「ジャパン」(サビで『2億4千万の瞳』の替え歌が爆音で流れる名物店)
奇跡の出会い
4万円負けで放心状態のタカに、隣の席のママさんが笑顔でドル箱を差し出す神対応!
温かい思い出
スナックでご馳走になった温かいご飯、人生初のカラオケ、原田悠里さんの生歌、そして「カボチャの会」市民会館コンサート鑑賞
タカからのメッセージ
28年の時が過ぎ街並みは変わっても、見知らぬ青年に注いでくれた無償の愛と温もりは今も心の中で輝き続けています。もし届くなら……ママさん、本当にありがとうございました!

タカ

ママさん!!
本当に28年前はありがとうございました。

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この記事を書いた人

53歳の管理人タカです。
18歳私の新社会人生活は半年で終了。帰る場所を失った私が生きるために選んだ道は「スロット一人旅」
捨てずに保管していた25年前の「平成思い出切符」を鍵に、波乱万丈な実話を面白おかしく記事にしていきます。

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