第6話:プロへの目覚め、全国制覇の旅【18歳・旅立ち編 完結】

  • URLをコピーしました!

大阪を飛び出し、3日目にして気付けば北海道・・・。

「生きるために選んだスロット一人旅」とカッコ良く言っているが、第5話までをご覧になった方ならお分かりですよね(笑)

読者

列車に詳しくなってきたタカだよね(笑)

タカ

違うよーー!(笑)
でもそうでもないか!?

大阪駅でふと目に入った「寝台列車」の表示を見て、ホテルに泊まるぐらいなら見知らぬ土地へと青森へ向かい、プラス3千円になって喜んでいるのもつかの間、私には泊まる場所(家)が無い!!
飯代、宿代を差し引くと負け、安く泊まれる健康ランドで一泊。

健康ランドでは少し成長も見えた。
これからずっと守り抜く厳しいルール!
それは!!【プラス6千円以上】が勝ちというルールだ。最低6千円あれば飯代と宿代が確保できるからだ。

読者

そうだったね!
ルールを決めたとこまではカッコ良かった(笑)

次の日、決めたルールプラス6千円までいったが時刻は15時、打つ時間がまだたっぷりあるという理由だけで打ち続け、結局全部メダルは無くなり落ち込んだ私、健康ランドの料金が安くなる23時まで時間つぶしで青森駅へ・・・。
危機感も全くない、【青函トンネルを通ってみたい】という欲望だけで今いる札幌へ、気付けば残金もマイナス2万円。

タカ

でもね!!
おいらは、ゆっくりだけど成長していったんだよ。

目次

ゆっくりだけど確実に。プロへの目覚めと6年間の足跡

朝6時に札幌駅に着いた瞬間から厳しい洗礼を受けた思い出。

読者

スロット打つ前に死にそうになった事件だよね(笑)

10月の札幌の朝の寒さを知らない私、半そでしか持っておらず、駅に降りた瞬間、寒さにビックリして喫茶店に4時間居座り、エキナカのお店が開くのを待ちトレーナーを買い寒さを凌ぎ、その後5時間歩き運命の出会いをすることとなった。

読者

札幌北口商店街だよね!!

再開発真っ只中の札幌南口、それとは正反対の昭和の薫りが色濃く残る北口、歩き疲れ3日目にして初のお昼ごはん。
北口は「予備校生の街、学生の街」おばちゃんの人情が詰まった大盛カレーの多さには驚いた。

タカ

予備校生や学生がお腹いっぱいになるように大盛にしたカレー美味しかったな(笑)

そして!!
【初勝利】したのがここ、北口商店街でした。
投資7,000円で両替13,200円(プラス6,200円)目標達成で初めてのビジホに泊まったが、札幌駅に着いて喫茶店、トレーナー代、飯代にホテル代を合わせるとマイナス3,400円という衝撃の結果。

北口商店街の「パチンコ富士」とは相性が良く、この後も通い続け、勝つ金額は少ないが大負けは無かった。
この時の経験が私のXによく出てくる言葉、【負けは小さく、勝ちは大きく】です。
Xにもツイートしたことがあるが私が言う勝ちが大きくとは1万円以上の事です。今現在では10万円や30万円といった勝ち報告するツイートがよく見られるが私は1万円以上で大きな勝ちだと、今でも思っている。

タカ

昔も今も、1日働いて10万円以上稼げる仕事なんて限られてると思うぞ! 今でも1日、1万円稼げたら十分すごいとおいらは思うぞ!

読者

「おいら」(笑)
Xでの投稿に使う言葉だね(笑)

『パチンコ富士』での経験は本当に一歩一歩、ゆっくりと成長させてくれました。
本人はこの時、全く自覚無しだけどね!!

だけど私にはこの時から今でも胸に刻んでいる言葉がある!!

【タカをプロへと導いた名言】
1992年、今は亡き伝説のプロ!!
田山幸憲さんの名言パチプロになるのは実は簡単、自分がプロと思えばプロ」という言葉!!
ブログを始める前、NOTEにも書いている言葉だよ。
この言葉にはすごい意味があり「自分がプロと名乗った以上はその自覚と覚悟をもって打て」という事です。

この言葉がこの当時私の心に深く刻まれ、目押しのレベル向上につながっていく。
初めはもちろん、素人レベルだが意識をして打っている人間は上達していきます。
仕事も同じです。

【目押しレベルの成長】
・リールが回っている状態で絵柄を順番に言える
・リールが回っている状態でスイカ図柄の種まで数えられる
・ボーナス成立時ボーナス図柄を確実に揃えられる

北口商店街の『パチンコ富士』ここで半年間通いつめレベルが上がっていきます。

そして、私の悪い癖がでます。

タカ

半年たったが残金は減らずに生活できてる(笑)
札幌は飽きたので違う場所へ行こう!!

読者

ちょっと!!タカ!!
プロの自覚はどこ行ったーー!?

タカ

伝説のプロの言葉は今、現在でも心に深く刻んでいるよ!!
しかし、おいらは全国を巡り勝負していきたいんだ!

読者

全国を巡り勝負する。
それもプロとしての生き方、タカらしいかもね(笑)

自信が少しついた私は、秋田県、岩手県と巡り、旅をする。
が!!

タカ

秋田県、パチ屋見つけられず・・
わずか滞在時間2時間、岩手県では2万ほどのマイナス!!

私はすぐに暴走する癖がありこの時は確か残金15万円ほどまで減る!!

読者

タカ!!
何やってんの!!
この先大丈夫なの!?

不安だらけの旅立ちとなったがいつもピンチの後はなんとかなっていた。

宮城県は安く泊まれるビジネスホテルが沢山あり長期滞在したり、福島県の郡山駅前商店街で勝ったりして残金は奇跡的に15万円を切ることは無く平均20万円前後を維持できていた。

この時はまだ知らなかったが、パチスロ史上歴史的な時代が訪れようとしていることを・・!?

タカ

おいらは、全く気付いていなかったんだけど、時代はスロット4号機時代!
ただリプレイ(再プレイ)がついただけだと思ってたんだよね(笑)

冬の時代と言われた4号機、いつしか黄金時代へ

1992年12月にエレクトロコインジャパンから4号機初となる【チェリーバー】という機種が登場する。

4号機には最大の特徴が2つあります。

【4号機最大の特徴】
・今では当たり前のリプレイが搭載された
・ボーナスの告知機能が許可された

このチェリーバーでも右側のWINランプが光れば当たり、全リール停止後に左から右にフラッシュすれば当たりなどの演出が登場しました。

タカ

告知機能と聞いて、真っ先に思いつく機種があるよね!!
みんな大好きジャグラー【GOGO】ランプ(笑)

ジャグラーの登場は少し後になり「1996年12月」になりますが当初は全く人気がありませんでした。

読者

今現在では大人気機種だよね(笑)

何故なら、この時代は【技術介入の時代】だったからです。

パチスロの【技術介入】
目押し:リールを狙った位置で止める技
ボーナス中はリールを止める場所によって、4号機から搭載されたリプレイを外し、獲得枚数を増やし機械割を上げる技術。
小役フォロー:ボーナス中や通常時に、スイカやチェリーなどをしっかり狙うことで、小役の取りこぼしを無くし、メダルを1枚でも無駄にしない技。

読者

これって!!
タカが練習してた目押しだよね!!

タカ

おいらは!
時代を先読みしてたんだぁー!?

タカ

というのは嘘で・・・(笑)
たまたま、技術介入の時代になったんです。

4号機発表当初は、全く人気がありませんでした。
3号機がわずか2年で終わった最大の理由は、違法改造され出玉の瞬発力がすごかったからです。

そして発表されたのが4号機です。
出玉の瞬発力は落ち、慣れないリプレイの登場でリズムが狂う、などの理由で人気がありませんでした。

しかし!!
この後にすごい機種が登場するのです。
この記事を読んでいる昭和生まれの方なら打ったことは絶対にある名機!

1995年7月に登場した、【クランキーコンドル】です。
プレイヤーの目押し技術で勝率を大幅に上げられる。
通常時の目押し、ボーナス中のリプレイ外しで機械割が設定1でも103%は超えたといわれています。

この機種のおかげで私はどんどん成長していくのです。
4号機時代があったからこそ、このブログが生きてきます。
そうです!!

『平成思い出切符、生きるため選んだスロット一人旅』本編へと入っていくのです。

読者

18歳・旅立ち編も色々あったね(笑)

タカ

でも運もかなりあったよ!
青森で負け札幌に渡り北口商店街で過ごせた事。
伝説のプロの言葉に出会い目押しの練習をしたこと。

ほんとだね!
運がなければ多分札幌で終わってたもんね(笑)

タカ

これで18歳・旅立ち編は完結だけど。
この後が本編だよ(笑)
この後も様々な事態に遭遇していくよ!
平成思い出切符と共に本編もたのしみにしてね!!

18歳・旅立ち編…完結!!


よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次