青森での初戦を終え、スロットでは何とか3千円勝利することが出来た。
しかし、現実は甘くない。
そこから容赦なく引かれるのが「宿泊費」と「飯代」だ。
1日のトータルを収支するとマイナス2千円。
勝ったはずなのにマイナスという、厳しいスタートだった。
第1話で書いた通り、私の持ち物は下着と着替えが少し入った小さなカバン一つだけ。
移動手段は公共交通機関、そして基本は自分の足での「歩き」がメインだ。
ネットもスマホもない1991年。
青森駅前を歩き回り、ホールを一人で探すのは、想像以上に心細く孤独だった。
旅を続ける以上、毎日どうしても飯代と宿泊費はかかっていく。
このままでは、ただ勝ったり負けたりを繰り返しているだけで、いずれ軍資金が底を突くのは目に見えていた。
そこで私は、今後の命運を大きく左右する「ある残酷なルール」を心に決めた。
それは、「プラス6千円以下は『負け』とする」というシビアなボーダーラインだ。
タカ生活費を引いても手元にお金が残る『プラス6千円以上』だけが、俺にとっての本当の勝ちだと。



ええっ!?
スロットで勝ってるのに『負け』扱いになるの!?ボーダーラインが厳しいね!
2日目から、私の「生きるために選んだ一人旅」には、超過酷なルールが出来上がった。
プラス6,000円以上 ならゆっくり休める【ビジネスホテル】
プラス5,999円以下なら雑魚寝決定【健康ランド】
健康ランドで迎えた朝、再び「キング」へ
私が泊まったのは、地元の人にも意外と人気の健康ランドだった。
館内は人が多く、私が夜を明かしたのは、大勢の利用者がたくさんくつろいでいる休憩室の硬い床の上。
他人のいびきの大合唱を聞きながらの浅い眠りの中、朝を迎えた。
時刻は朝6時。
大阪からの寝台列車の次は、健康ランドの硬い床の上か・・・。



疲れが全然取れてない・・・
今日こそは絶対に最低6,000円以上勝利して、ビジネスホテルでゆっくり寝るぞぉ!



生きるために選んだスロット一人旅だもんね!
過酷だけど頑張るしかない、応援してる!
気持ちを切り替えるためにひと風呂浴びて、私は健康ランドを後にした。
目指せ6,000円、再び「キング」で勝負
私が決めたルールは6,000円以上のプラスを本当の「勝利」とすること。
1991年 当時、ビジネスホテル(ビジホ)の料金は一泊5,000円ぐらい。安いところだと4,000円ほどで泊まれるビジホが多くあった。
飯代を合わせても、贅沢をしなければ6,000円あればトータルでプラスになる計算だ。
健康ランドを出た私は青森駅前まで戻り、前日と同じ「キング」という名のホールへ向かった。
朝9時、開店と同時に昨日打った名機「スーパープラネット(スープラ)」の前に座る。



今日こそは絶対に6,000円以上勝って、ビジネスホテルで寝るぞ!
気合を込めて投入した投資1,000円目。
早くもスープラの美しい出目が止まり、REGボーナス!
出だしは最高のスタートを切ったが飲まれ、その後追加4,000円で待望のBIGボーナスを引き当てた。
総投資5,000円。



今日はいい感じだぞ!
このまま投資なしで出玉が増えれば・・ビジホに泊まれる!(笑)



ビジホのふかふかベッドが見えてきたね!
そのまま突っ走れー!
しかし、スープラの一筋縄ではいかない荒波に遊ばれることになる。ボーナスは引くがまとまった連チャンにはならず、出玉が増えない。気づけば下皿のコインはダラダラと削られ続け、お昼前にはついにすべてのコインが飲まれてしまったのだ。



クソッ、全部ノマれた……。このまま続行か、それともやめるのか。どうする!?



ええっ、お昼前にもう全ノマれ!?
今日も健康ランドになっちゃうよ・・。
いや、まだお昼前だ。総投資も5,000円とまだ少ない。
ここからなら十分巻き返せる。



俺は・・・何が何でもビジネスホテルに泊まるんだ!
6,000円勝利と出玉と時間の誘惑
お昼前にすべてのメダルが無くなり、私は追加投資を決めた。
まだ総投資は5,000円。焦る必要はない。
そう自分に言い聞かせて、財布から千円札を抜き出す。
追加の2,000円を投入し、総投資が7,000円になったその時、執念のBIGボーナスを引き当てた!
ここからスープラが頑張ってくれている。
順調にボーナスを重ね始め、私のドル箱にメダルが貯まっていった。
それから数時間、スープラの美しいリーチ目と優しい波に癒やされながら、ゆっくりと出玉が増えていった。
当時のドル箱は今のものよりかなり大きく、数時間打って箱の半分ほどまでメダルが貯まっていた。
ふとドル箱を見上げ、私は思った。
「今、ヤメればおそらくプラス6,000円前後はある。私が決めたルール上の『勝利(ビジホ確定)』だ」



時刻は15時過ぎ。まだ時間はたっぷりある。ここでヤメればビジネスホテルは確実だが、どうする・・・



15時かぁ!
まだ夜まで時間あるし、調子良いなら追いたくなるよね!
今日のスープラは私の味方をしてくれているように見えた。
きっと大丈夫だ。ここで満足せず、さらなる勝利を目指そう。
さらに頭の中では、初めて訪れた青森ならではの別の妄想まで膨らんでいた。



青森といえば、やっぱり『ホタテ』だよな!
この調子で出玉が伸びれば、昨日駅前商店街を歩いている時に気になった、商店街の少し中に入った角で見つけた、500円で売られていた、青森名物『ホタテのバター焼き』が食べられるかも!(笑)



本場のホタテのバター焼き(笑)
昨日から目を付けてたんだね!
500円ぐらいなら、勝って青森名物を一度は食べないとね!
しかし、パチスロの神様はそこまで甘くなかった。
あの時の判断を、私はのちに猛烈に後悔することになる。
さっきまでの優しい波が嘘のように、スープラが深い眠りについたのだ。
レバーを幾度となく叩いてもボーナスはこない。
気づけばドル箱の半分を埋めていたメダルはすべてノマれ、メダルは下皿だけになってしまった。



嫌な感じがしてきた。
私はまたやらかしたのか・・・。
現実は非情だった。
下皿にあった最後のメダルまでもが、綺麗さっぱりとスープラのお腹の中へ消え去ってしまった。



あの時ヤメておけばビジホに行けたのに・・。
何やってんだ俺。遊びなら全然良いが、これは生きるためのスロットだ。やはり判断が甘すぎる!



うわあああ、まさかの全ノマれ・・!
ホタテのバター焼きどころか、ベッドまで消えたよ・・
時計を見ると、時刻はすでに20時。
今日の勝負はこれで終了だ。
残されたのは、ビジホを逃した絶望感と、メダルがすべて飲まれた虚しさだけだった。
今日もまた、あの他人のいびきが響く健康ランドの硬い床で寝るしかないのか……。
激しい後悔と重い足取りで、私はホールを後にした。
青函トンネルの誘惑、さらば青森
後悔しても負けは負けだ。
大阪を出てから、私の生きるために必要なお金はただ減っていくばかり。
「私は一体、何をしてるんだろうか・・」
パチンコ屋「キング」を出て、青森駅から歩いて3分ほどの線路沿いを、私はトボトボと歩き出した。
確か、今夜泊まる予定の健康ランドは、23時以降になれば深夜料金で安くなるはずだ。
それまでの時間つぶしのために、私は青森駅へと向かった。
23時までは、まだ後3時間くらいある。
青森駅の待合室のベンチに座り、私は激しく落ち込んでいた。
今後、本当にこのスロットの道で生きていけるのだろうか。
それとも、見知らぬ土地のどこかで野垂れ死んで人生が終わるのだろうか。
暗い未来ばかりが頭をよぎっていた、その時だった!
ふと見上げた駅の列車案内板に、「札幌」の文字が表示された。



このまま、ひと思いに札幌にでも行ってしまうかな?(笑)



【青函トンネル】
海の下を通って、北海道へ行く。すごいな!。
最初は冗談交じりで少し考えていただけだった。
しかし、考えているうちに、私の心の中で「本当に行きたい」という衝動がみるみる膨らんでいった。



ちょっとタカ!!
遊びじゃないんだよ!
生きるために選んだパチスロ一人旅でしょ!
本当に行くわけないよね!?



すいませーん!
札幌まで座席指定で。



えええーっ!?
本当に切符買っちゃったよ・・・!
さらに私は、窓口の横で見つけてしまった「あるモノ」に目を奪われた。
台紙付きで『人生の壮大な夢 青函トンネル』と書かれた、記念オレンジカードだ。
見開きの台紙の上段には美しい列車のオレンジカードが収まっており、下段には世界初の海底駅である「吉岡海底駅」と「竜飛海底駅」の姿が誇らしげに載っている。
生きるためのお金が減っていくというのに、青函トンネルのロマンが詰まったその魅力に抗えず、私は2,000円を支払ってその記念台紙を衝動買いしてしまった。



ちょっとタカ!!
切符だけじゃなくて記念オレカまで買ってるじゃない!
本当に観光客になってるよ!(笑)
私が乗車する列車の名前は、夜行急行「はまなす」。
22時55分に青森を出発し、約7時間かけて早朝の札幌へと向かう夜行列車だ。
料金は座席指定で1万円ほど。
本当は安い自由席もあった。
しかし、駅員さんが「あと510円多く払って指定席にすれば、グリーン車並みの席に座れるよ」と親切に教えてくれた。
だから私は、迷わず座席指定を選んだのだ。



タカ!!
列車にどんどん詳しくなっていくね!
列車の勉強よりもっとスロットの勉強をしなさい!



私の悪い癖が出て、
また、勢いで行動してしまった・・・。
22時55分定刻通りと思いきや、列車接続待ちで10分遅れで出発。
青森駅を10分遅れで北の大地、北海道へと列車は進み始めました。
「明日の朝には札幌駅か・・・」
「俺、大丈夫か?」
ネットもスマホもない時代。
不安だらけの私を乗せて、夜行列車は真っ暗な北海道への線路を突き進んでいく。
今思えば、ただ青函トンネルを通りたいという理由だけで札幌へ行くなんて、まるでただの観光客だ。
しかし、私は引き返せない。
北の大地、北海道に望みを託し。
私の青森での生きるための戦いは、わずか2日間で幕を閉じた。






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