1991年の札幌駅は、高架化されたばかりで駅前開発全盛期の時であった。
南口は大都会へと進化する一方で、北口はまだ「昭和の哀愁」が色濃く漂っていました。
食堂の暖簾をくぐり、一歩外へ出た瞬間。
私の耳に再び飛び込んできたのは、少し薄暗い商店街の片隅から響く、あの賑やかな「軍艦マーチ」と、ジャラジャラというパチンコ玉の音です。
先ほど食堂に入る前に見かけた、「パチンコ屋富士」です。
狭い間口、北口商店街の富士
間口があまり広くない、いかにも昭和のパチンコ屋という風貌で商店街に溶け込んでいた【パチンコ屋富士】。
一歩中へ入ると、そこは現在の明るくクリーンなホールとは真逆の世界が広がっていました。
今では滅多と見ることのない、木製で作られた島(しま:パチスロ台やパチンコ台がずらりと並ぶ台の列)。換気など追いつくはずもない空間には、白く濃いタバコの煙がモクモクと立ち込めていました。
さっきまで歩いていた商店街の、のんびりした空気とはガラリと一変。
コインやパチンコ玉のジャラジャラと落ちる音と耳を突き刺すような軍艦マーチのBGM、店員さんの威勢の良いマイクパフォーマンスが店内に響き渡っていた。
若者たちの熱気も凄まじく、まさに「鉄火場」状態の大人気ホールでした。
周囲の学生たちが「パチンコ麻雀物語」に熱狂する中、私はパチスロコーナーへ。
店内を見渡すと、「コンチネンタルⅢ」、「リノ」、「スーパープラネット」などの機種がありました。
コンチネンタルⅢとリノは裏物の可能性が高い状態でした。
私が打つのはもちろん、「スーパープラネット(スープラ)」でした。
なぜ、この鉄火場でスープラを打つのか。
理由はただ一つ、「波が穏やかだから」です。
さっきの食堂でカレー代と飲み物代で700円使い手元には175,300円。
「生きるため選んだスロット一人旅」これ以上残金が減るのは命取りになります。
読者タカ!!
まだ一度も勝利してないんだからそろそろ本当の勝利を見せてよ。
【過酷なルール】
青森で3,000円スロットで勝利したが私には帰る場所もなく毎日掛かる宿代と食費代それを踏まえ第3話で決めた過酷なマイルールがある。
・6,000円以上がビジホに泊まれる本当の勝利
・5,999円以下は24時間健康ランド【負け】
ここでいう【勝利】とは6千円以上のプラスの事です。



今日こそは勝利して、初のビジホに泊まるぞぉーー!!
周りの予備校生や学生たちの熱気に負けないように、私はスープラのレバーを叩き始めました。
勝利か負けか、寝床をかけた死闘
時計の針は、すでに15時30分を回っていました。
本当の勝利(ビジネスホテル宿泊)を目指し、私は意を決し「スーパープラネット」の前に腰を下ろしました。
しかし、財布にあった千円札5枚はあっという間に台と台の間にあるメダル貸出機(サンド)に吸い込まれてしまいました。
追加の投資するため、私は「島」の前後にある両替機へと向かい再び台に戻った。



へぇー!当時は台の横のサンドに1万円札は入らなかったんだね。



そうなんだよ!
当時は千円札しか受け付けてくれなかったから、1万円札は島の中央や角にある両替機で、わざわざ千円札10枚に崩してから台に戻る必要があったんだ(笑)
千円札10枚を手に、再び台へと戻った私。
さらに追加で2,000円をサンドに入れたところで胸の中に強い不安がよぎり始めます。



これで総投資は7,000円。
そろそろ、お願い・・・。
祈るような気持ちでレバーを叩き、ストップボタンを押したその時でした。リール中段に美しいリーチ目「7・7・土星(プラネット)」が一直線に並んだのです!!
BIGかREGどっちだ
スープラの独特の音が流れBIGボーナス。
そこからは、まさにスープラらしい「優しい波」が私を包み込んでくれました。気づけば下皿はコインで溢れかえります。
穏やかなボーナス連チャンを繰り返し、夢中でレバーを叩き続けること数時間。
時計を見ると、時刻はすでに21時を過ぎていました。



このメダルの量ならおそらく勝利(プラス6,000円以上)だと思う。どうするか・・・



タカ!!
また青森の時みたいに、ここから全ノマレして大惨事になるかもしれないから、今日はもうやめるよね・・!?。



時間は21時30分・・!。
よし、今日は終了だ。多分勝利している!?・・・はず。
ここで欲を出してノマれたら、24時間健康ランド行きで他人のいびきの大合唱を聞くことになる、私はキリの良いところで実戦を終了し、コインを計数機へ流しました。
レシートに印字された運命の数字は、「927枚」。
総投資は7,000円。マイルールで「本当の勝利(ビジホ)」を掴むには、手元に13,000円以上の現金が戻ってこなければなりません。



果たして本当に勝利できたのか!
なんか、嫌な予感がする・・・。



大丈夫!?だよね・・・
ドキドキする・・・!。
確信を持てないまま、レシートを持って景品カウンターへ。
そこで手渡された「特殊景品」を見て、私は思わず目を見張りました。



なんだこれ??
【1991年当時、札幌の特殊景品】
・大景品:小さな小判入り
・中景品:金色のメダル入り
。小景品:ライターの石のようなもの入り
カウンターの女性から手渡されたのは透明なプラスチックケースに入った、大景品13枚、中景品0枚、小景品2枚でした。
これが一体、いくらの現金に化けるのか・・。私は渡された特殊景品を両手でしっかりと握りしめ、パチンコ富士を後にし、景品交換所へと歩き出しました。
3日目の初勝利
パチンコ富士の自動ドアを出て、すぐ脇の細い路地へ足を進めます。
雨の日には大きな水たまりができそうな、どこか薄暗い未舗装の道。
その奥に、目的の景品交換所がひっそりと佇んでいました。
景品交換所のガラスがはめられた小さな窓をガラガラと開け、先ほどの奇妙な景品(大13枚、中0枚、小2枚)を差し出します。
小窓の向こうから、ガサッと紙幣と硬貨が・・。
受け取った現金を数え、私は自分の目を疑いました。
手元にあるのは、なんと13,200円



13,200円ってことは・・・勝利!?(笑)



やったぁ!!
初勝利おめでとう(笑)
マイルール達成に必要な金額13,000円をぎりぎり超える結果でした。



本当に良かったぁーー(笑)
もしあのまま少しでも打ってたら負けてたかもしれない。



本当だね!
営業残り時間を考えたら負けてたかもね(笑)



初めて!!
ゆっくり寝れる・・ビジホ確定だぁー!!
3日目にして、ようやく本当の勝利を勝ち取り、天下を取った気分で大きく腕を振り細い路地を歩きだしました。
初ビジホ喜びのその先の現実
投資7,000円を差し引いて、本日の収支はプラス6,200円の大勝利!
大阪駅を飛び出してから3日目、私はマイルールである「6,000円以上のプラス」を達成し、ビジホに泊まれる喜びで
自然と笑みがこぼれた。
景品交換所のある未舗装の細い路地を抜けると、北口商店街の中にある八百屋さんの前へ出ました。すぐそばには、プレハブ風のラーメン店が佇んでいます。



初勝利祝いだ!初ご当地グルメ、札幌味噌ラーメンを食べるぞ!



青森では名物のホタテを食べられなかったもんね。(笑)
暖簾をくぐり、札幌名物の味噌ラーメンとチャーハンを注文。
料理が運ばれてくるまでの間、私は至福の余韻に浸っていました。



はい、味噌ラーメンとチャーハンお待たせー!
運ばれてきた味噌ラーメンは味が濃くて最高、チャーハンもパラパラで本当に美味い。
五臓六腑に染み渡る美味さに大満足し、食事代800円を支払ってお店を後にしました。
「ごちそうさまでした!」
北口商店街を再び歩き、商店街を抜けた先の角に発見!待望の『ビジネスホテル』。
表にあった宿泊料金表を見ると金額は1泊4,800円、迷わずここに決定しチェックイン!!
念願のビジネスホテルの部屋に入り、ふかふかのベッドに腰を下ろします。



さて……今の正確な所持金はいくらになったんだぁ?
一度、今日使ったお金をホテルの机にあったメモ帳に書き出してみることにしました。



大事なこと!!忘れてたぁー!!
半そで姿で札幌駅に到着した時点では179,000円ありそこであまりの寒さのために喫茶店に入りトレーナを買ったお金3,000円が頭から抜けていたのです。



私も忘れてた・・。
なんか嫌な予感が・・・(笑)。



「なんか嫌な予感が」
それ、おいらのセリフ(笑)
もう一度計算を正確にやり直すと・・!
支出が9,600円でプラスが6,200円なので今日の結果は【マイナス3,400円】という結果になったのです。
まさかのマイナス結果に、財布の中身を確認すると、やはり残金が減っていた。
残金が175,600円というまさかの結果になっていました。



タカ!また残金が減ってる!?
スロットの勝ちがプラス6,200円だから、今日もマイナスだね。
財布の中身をしっかり確認すると、現在の残金は175,600円という現実が確定しました。
生きるため選んだスロット一人旅、3日目にして約25,000円のマイナスという厳しい現実が目の前に叩きつけられ、不安になったが、ふかふかのベットはタカを優しく包み込みタカは深い眠りにつくのであった。






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